
16:30:50
前回までのあらすじ
鳴沢市に新しくオープンするゲーム屋へ向かっていた桂馬は食パンヒロインよろしくスミレの父と激突。スミレ父は衝撃で足だか腰だか心だかを痛め立つことができなくなってしまう。手伝いに名乗りを上げるエルシィをおつかいに走らせ、桂馬はスミレと店を切り盛りすることになった。
ぐちょぉ…
粘着質な音が響く、気がした。背筋がさあっとそら寒くなる一方、体は持て余した熱を孕んだ。突然の事態にスミレはその柔らかな体を硬直させる。音が、というより何が起きているかを告げる感覚情報すべてが残酷なほど緩慢に感じられる。認めたくない、理解したくない現実を拒絶しようとする意志があるがゆえによりいっそうありありとその現実を鮮やかに突きつけられてしまう。しかも桂馬はまったく気にしていない様子でその熟れに熟れきった桃を大きく掬い上げた。健気な溝はこれ以上の決壊は許すまいと言わんばかりにぴっちりとすぼまっていているものの、蜜は溢れてしまっている。それを確認してなお、桂馬の指は止まらない。
(ちょっと・・・!)
客に気付かれては元も子もない。そうなったが最後、失ったものは二度と帰ってこないだろう。決して悟られぬよう自分の仕事を続けつつも小声で釘を刺す。しかし予期せぬ桂馬の行動でスミレ自身半ばパニックに陥っていた。瞳がうるみ、頬が上気し、珠のような汗が見目を損なうことなく額から耳、うなじまでを彩る。その様はもはや扇情的で、弱弱しい視線は訴えるどころか縋り付いているようだ。
「平気だよ。それに、スミレも心の底では望んでいることだろう?」
(でも…だって、それは・・・ふわぁあっ!?)
柔らかさと弾力を兼ね備えた桃を優しく掴まれる。より深い桃色に染まる肌に、桂馬の指と視線が這わされる。手つきと目つきから桂馬が明らかに本気なのを感じとったスミレははっきりと危機を予感した。
「だめっ・・・!」
そう言うとスミレは桂馬の手首を掴もうとしたが―――
「スミレ、その麺もう茹で上がるよ。」
言われてもいないシゴトに勝手にし始めておきながら、いけしゃあしゃあとスミレには仕事を指示する。しぶしぶ、泣く泣く(実際に涙目になってもいる)湯切りをし器に盛り付け客に提供する。
「…ぁ、『甘』一人前、お待ち!!」
「ありがと!スミレちゃん大丈夫かい?泣いてないか?」
「え・・・!恥ずかしながら、汗が目に入ってしまいまして・・・」
ごまかすにしてもここは飲食店。ゴミやホコリが、とは言えないのだ。
「そうかい。じゃ頑張ってな。」
「はい!」
急いで厨房に戻る。幸い、ラーメンが到着するとお客さんは脇目も振らず麺を啜り始めるのでしばらくはバレなさそうということだけが救いだった。
「おかえり。」
「ひゃん!」
見せつけるように(見てもらうためではあるのだろうが)スミレが戻るやいなや再び桃に手を伸ばされる。スミレが戻るまで桃は手を付けられていなかったが、溢れた蜜は染みを描くほどだった。
「ぃや・・・だからだめだって」
「これ以上零すわけにはいかないだろう?」
「あああああっ!」
ずずずーと麺がすすられる音が響くも、とてもスミレの耳に届くような状況ではなかった。桂馬にされるがまま薄い皮がはがされ、剥かれていく。最後の砦を失い勢いよく流れ出した蜜が桂馬の指から手のひらを、手首近くまでべとべとにしてゆく。
(エンディングが・・・見えた!)
桂馬は目を細めると、一物を一気に突き立てた。
「っ・・・!」
声にもならない衝撃が駆ける。
「く…やわらかい・・・っ」
ともすればどこまでも刃を受け入れてくれそうな手ごたえに名残惜しさと底知れない心地よさを覚えながらも、桂馬は果肉を必要最低限をえぐるように切り返す。まるで最初からシラップ漬けだったような芳醇な香りが突き抜ける。しかしそれに酩酊しているわけにはいかない。下ごしらえを済ませたら調理しなければならない。容赦のない差し入れ・押し込み・引き抜き。しかして無駄のない的確な動きはもはや美しくさえあった。
「すごい・・・」
あれだけ嫌がっていたスミレも感嘆の声を漏らす。それを了承と受け取った桂馬は最後の確認をする。
「スミレ、いいか・・・?」
「…うん///」
スミレはすべてを委ねきった、穏やかで安らかな笑顔を向ける。それを見届けると、桂馬は再び神の目つきに戻り―――
「いくぞ、スミレ―――」
「うん、思いっきりかけて―――♪」
にゅるるるるる!!!
蜜とクリームで、見た目だけでなく匂いまでもが濃密にデコレートされる。
二人は達成感以上に、幸せそうな表情だった。
そして満面の笑みで言う―――
「お待たせしました。ピーチパフェラーメンです!!!」
鳴沢市に新しくオープンするゲーム屋へ向かっていた桂馬は食パンヒロインよろしくスミレの父と激突。スミレ父は衝撃で足だか腰だか心だかを痛め立つことができなくなってしまう。手伝いに名乗りを上げるエルシィをおつかいに走らせ、桂馬はスミレと店を切り盛りすることになった。
ぐちょぉ…
粘着質な音が響く、気がした。背筋がさあっとそら寒くなる一方、体は持て余した熱を孕んだ。突然の事態にスミレはその柔らかな体を硬直させる。音が、というより何が起きているかを告げる感覚情報すべてが残酷なほど緩慢に感じられる。認めたくない、理解したくない現実を拒絶しようとする意志があるがゆえによりいっそうありありとその現実を鮮やかに突きつけられてしまう。しかも桂馬はまったく気にしていない様子でその熟れに熟れきった桃を大きく掬い上げた。健気な溝はこれ以上の決壊は許すまいと言わんばかりにぴっちりとすぼまっていているものの、蜜は溢れてしまっている。それを確認してなお、桂馬の指は止まらない。
(ちょっと・・・!)
客に気付かれては元も子もない。そうなったが最後、失ったものは二度と帰ってこないだろう。決して悟られぬよう自分の仕事を続けつつも小声で釘を刺す。しかし予期せぬ桂馬の行動でスミレ自身半ばパニックに陥っていた。瞳がうるみ、頬が上気し、珠のような汗が見目を損なうことなく額から耳、うなじまでを彩る。その様はもはや扇情的で、弱弱しい視線は訴えるどころか縋り付いているようだ。
「平気だよ。それに、スミレも心の底では望んでいることだろう?」
(でも…だって、それは・・・ふわぁあっ!?)
柔らかさと弾力を兼ね備えた桃を優しく掴まれる。より深い桃色に染まる肌に、桂馬の指と視線が這わされる。手つきと目つきから桂馬が明らかに本気なのを感じとったスミレははっきりと危機を予感した。
「だめっ・・・!」
そう言うとスミレは桂馬の手首を掴もうとしたが―――
「スミレ、その麺もう茹で上がるよ。」
言われてもいないシゴトに勝手にし始めておきながら、いけしゃあしゃあとスミレには仕事を指示する。しぶしぶ、泣く泣く(実際に涙目になってもいる)湯切りをし器に盛り付け客に提供する。
「…ぁ、『甘』一人前、お待ち!!」
「ありがと!スミレちゃん大丈夫かい?泣いてないか?」
「え・・・!恥ずかしながら、汗が目に入ってしまいまして・・・」
ごまかすにしてもここは飲食店。ゴミやホコリが、とは言えないのだ。
「そうかい。じゃ頑張ってな。」
「はい!」
急いで厨房に戻る。幸い、ラーメンが到着するとお客さんは脇目も振らず麺を啜り始めるのでしばらくはバレなさそうということだけが救いだった。
「おかえり。」
「ひゃん!」
見せつけるように(見てもらうためではあるのだろうが)スミレが戻るやいなや再び桃に手を伸ばされる。スミレが戻るまで桃は手を付けられていなかったが、溢れた蜜は染みを描くほどだった。
「ぃや・・・だからだめだって」
「これ以上零すわけにはいかないだろう?」
「あああああっ!」
ずずずーと麺がすすられる音が響くも、とてもスミレの耳に届くような状況ではなかった。桂馬にされるがまま薄い皮がはがされ、剥かれていく。最後の砦を失い勢いよく流れ出した蜜が桂馬の指から手のひらを、手首近くまでべとべとにしてゆく。
(エンディングが・・・見えた!)
桂馬は目を細めると、一物を一気に突き立てた。
「っ・・・!」
声にもならない衝撃が駆ける。
「く…やわらかい・・・っ」
ともすればどこまでも刃を受け入れてくれそうな手ごたえに名残惜しさと底知れない心地よさを覚えながらも、桂馬は果肉を必要最低限をえぐるように切り返す。まるで最初からシラップ漬けだったような芳醇な香りが突き抜ける。しかしそれに酩酊しているわけにはいかない。下ごしらえを済ませたら調理しなければならない。容赦のない差し入れ・押し込み・引き抜き。しかして無駄のない的確な動きはもはや美しくさえあった。
「すごい・・・」
あれだけ嫌がっていたスミレも感嘆の声を漏らす。それを了承と受け取った桂馬は最後の確認をする。
「スミレ、いいか・・・?」
「…うん///」
スミレはすべてを委ねきった、穏やかで安らかな笑顔を向ける。それを見届けると、桂馬は再び神の目つきに戻り―――
「いくぞ、スミレ―――」
「うん、思いっきりかけて―――♪」
にゅるるるるる!!!
蜜とクリームで、見た目だけでなく匂いまでもが濃密にデコレートされる。
二人は達成感以上に、幸せそうな表情だった。
そして満面の笑みで言う―――
「お待たせしました。ピーチパフェラーメンです!!!」
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00:03:10
育てるのはいっしょとは言うものの・・・さすがに予想を凌駕していたよね?
だって違う世界の言語を使うとか意思疎通できないじゃん?一巻の「エルちゃんはホントいい子ね~」の重みが当時と今とでは段違いで泣けるレベル。
桂馬は自分自身の存在を疑問に思う(問題視する)ことがないので回想もほとんど無い。「あのころやってたゲームなら覚えてるけどなー」までナシだったかと。
麻里さんに走り屋さんっぽい様子は皆無・・・でも桂馬が元ヤンを知ってることには驚かない・・・暴れたとは思えないから桂一との馴れ初めを話したのかもしれないなぁ。やはり桂馬の記憶を解き明かしたいね。
「桂馬は手のかかる子だったか」ってのは実際親になってみないと分からないんだろう。基本平気なんだけど、反面では万が一暴走したらどうなるかまったく想像できないから気が気でない状態だったと思う。手はかからないけど目は離せない、みたいな。エルシィは危なっかしいけど、それが分かりきってるから逆に大丈夫なのか。
桂馬の幼児期は(何言いたいか分からない点で)麻里さんにとってはむしろ赤ちゃんみたいな感じだったのかも。フツー高校生とか親離れ進んでくるし桂馬も実際そうなっているんだろうけど、でもやっぱり麻里さんから見たらどんどん可愛くなっていってるんじゃないかな。
こればっかりはなぁ・・・いくら考察が妄想的な性質を持ってるとはいえ・・・(恋愛感情に関するような、実体験に基づく)根拠がないうえに論理的でもないし・・・分からない。
でもさ、幸せは味わえるだけでいいよね。何がどう幸せとかきっと無いし。幸せな家庭というより家族だから幸せなのではなかろうか。もちろん攻略で延々と出てくるように家族ゆえの不幸もあるけれど。それらが家族としての幸せを求める過程で生まれるってのは悲劇ですなぁ・・・スミレ編や檜編は分かりやすいよね。
家族・・・いいなぁ。
だって違う世界の言語を使うとか意思疎通できないじゃん?一巻の「エルちゃんはホントいい子ね~」の重みが当時と今とでは段違いで泣けるレベル。
桂馬は自分自身の存在を疑問に思う(問題視する)ことがないので回想もほとんど無い。「あのころやってたゲームなら覚えてるけどなー」までナシだったかと。
麻里さんに走り屋さんっぽい様子は皆無・・・でも桂馬が元ヤンを知ってることには驚かない・・・暴れたとは思えないから桂一との馴れ初めを話したのかもしれないなぁ。やはり桂馬の記憶を解き明かしたいね。
「桂馬は手のかかる子だったか」ってのは実際親になってみないと分からないんだろう。基本平気なんだけど、反面では万が一暴走したらどうなるかまったく想像できないから気が気でない状態だったと思う。手はかからないけど目は離せない、みたいな。エルシィは危なっかしいけど、それが分かりきってるから逆に大丈夫なのか。
桂馬の幼児期は(何言いたいか分からない点で)麻里さんにとってはむしろ赤ちゃんみたいな感じだったのかも。フツー高校生とか親離れ進んでくるし桂馬も実際そうなっているんだろうけど、でもやっぱり麻里さんから見たらどんどん可愛くなっていってるんじゃないかな。
こればっかりはなぁ・・・いくら考察が妄想的な性質を持ってるとはいえ・・・(恋愛感情に関するような、実体験に基づく)根拠がないうえに論理的でもないし・・・分からない。
でもさ、幸せは味わえるだけでいいよね。何がどう幸せとかきっと無いし。幸せな家庭というより家族だから幸せなのではなかろうか。もちろん攻略で延々と出てくるように家族ゆえの不幸もあるけれど。それらが家族としての幸せを求める過程で生まれるってのは悲劇ですなぁ・・・スミレ編や檜編は分かりやすいよね。
家族・・・いいなぁ。



22:22:14
みなみ「えっと・・・」
月夜「呼ばれて来てみればなんなのですこのタイトル。」
管理人「いや~・・・みなみと月夜といえばアレかな!って」
月夜「本当に、くだらないことには頭が回るのですね。」
みなみ「あの、私この後用事があるんですけど・・・」
月夜「帰るのですね。こんな戯れ事に付き合う義理は無いのですね。・・・あなたも。」
管理人「あ、大丈夫だよ。頑張ってね~」
みなみ「・・・それでは失礼するのであります(結局なんだったんだろう・・・)」
というわけで、今回のテーマは月夜とみなみなのですね。心のスキマが(言及されてなくて)ちょっと見えづらいのであります。だからそれを考えるのですね。また閲覧されてる皆様にも考えてコメントしてほしいのであります。
<概観>
心のスキマが見えづらいってのは、おおざっぱに言ってしまうと月夜編もみなみ編も「前を向かせる」面が大きくて(それ自体はどのヒロインについても言えるんだけれど)、対照的に「過去の原因を振り切る・それとの折り合いをつける」っていう面が(小さいわけではなく)漠然としていて、なんというか、とりあえず、言語化はされてない。
それは月夜のスキマが愛から生まれていたから「恋に落とす=スキマ解決」になってキラカード入手の必要やら過程がなかったり、みなみ編がヒロイン視点の話だったりで、スキマに関する桂馬のコメント(説明)がない。実はこれ以外の話では、後にも先にも桂馬は超ご丁寧な解説をやってるんですよね(結は自白)。
若木先生本でしらはまさんも言ってましたがこの作品を読む楽しみのひとつは直接描かれていない部分を読み解くことだと思う。
脱線しそうなのでこのくらいで概観は止めておこう。
<対比してみる>
色んなことが見える強力な方法を使ってみる。たとえば家族。あるいは周囲。そして桂馬のエンディング。
今唐突に思ったけれどみなみを歩美やちひろとあわせて考えると興味深いかも。みなみ自身は結構リアルな普通な存在で結構共感できた人が多いんじゃないかな(これがアニメ化スルーされた意義についてもいつか語りたい)。走り出してはいるちひろ、みたいな。でも歩美ほど輝かしい状態にはない。
月夜は美生・スミレ・結・檜と絡めて考えるのも面白いかも。ってか面白いよ。主に若木先生が家族について思うところが見えかくれしてるかもしれないのが。さすがにこれだけあれば見えてくるんじゃないかなw
で、月夜とみなみを対比していこう。家族は正反対だ。みなみのは円満で弟もいる。月夜のは・・・断片的ながら惨惨たる状況なのだろう。すべての原因はそこにあるほどの。
ちょっと妄想~陽子さんはデザイナーつながりで檜と交流あったかな~
周囲も・・・だね。みなみは友達先輩に恵まれ月夜は孤独。それは月夜が可能性上の破滅までも忌避した結果だったんだろうけど。月夜の求めてる「美しさ」と美生の求めてる「気高さ」は似た面があっても実際は結構違うんだろうな。ウルカヌスの制裁を止めた月夜と自らムチを振るう美生の違いに一番よく現れてると思う。
うーん。(゜_゜)
月夜は美しい愛を求めてたなんてこんなありきたりのことが言いたかったはずじゃないんだけど。でもあれだけしょっちゅう屋上に入り浸ってる(歩美かのんちひろハクア編参照)桂馬がそれまで一度もエンカウントしなかったってのは偶然とは考えにくい・・・それまでは家庭は・・・どうなんだろう、平穏だったのか?もっともっと掘り下げたい・・・
みなみは自白してたね。「心にポッカリ・・・穴が開いたようなのであります。」だっけ?好きなことって案外簡単にはじめられて、でもあっけなく途切れたりする。それは、することがなくなって考えることがなくなってるんじゃなくて、好きなことができない状況に軽い絶望を覚えてるんじゃないかと。
別に、好きなことは自分の好きなようにやればいい。何かしら「ああすべきだ」なんてえも言われず。それでも、プールと自分の関係は決まった(終わった)も同然だった。そんなこと誰もわざわざそうは言わない、でも自分では気付いてしまった。けれどやっぱりプールに来てしまう。つながりを求めてる。プールそのものはあるがゆえに、つらい。求めることはできてもその先には決して期待するものがないのだから。
あっこと斉藤は・・・来てたっけ?来てないよね?あの二人は終わりを受けて先に、次に進んでしまった。
桂馬が二人に見せたエンディングは、同じようで違うようで。月夜には始まりを提供した。みなみには終わりを、でもそれは、新たな始まりに進めるためのものを提供した。あれだけ力強く終わりの正当性を主張できるって相当の信念が必要だと思う。(神のみが始まったのはアルバが終わったからという複雑な想いを抱いても、受け入れても、果してそれをここまで開き直って昇華させられるか・・・私には難しいよ)
結局みなみはまた水泳に戻るんですよね。作者がまたマンガに戻ったみたいに。(で桂馬に「がんばれー」と言わせてるんだな~)
若木先生本で考察のモチベ急上昇したはいいがいちいち作者の事情と絡めて考えるようになってる・・・でも「神のみはリアルなんだ」って考えると考えやすいのも事実・・・
やっぱり月夜のスキマが分からない。家庭崩壊への絶望?自分の声が家族に届かなかったから?希望を見出だしたい本心との軋轢?桂馬が、結編の頭で説明した「もっと大きな存在になるだけでいい」しかしてないからなぁ・・・。そういや結編も月夜編も頭では「今回は楽勝」みたいに言ってるね。
月夜はスキマも持つと同時にルナという拠り所も持ってたゆえに彼女の色んな想いが「ルナ!」「桂馬!」という一言に凝縮されてる気がする。これが何の象徴なのかを読み解く必要があるな。
今回はこの辺で「終わり」ましょう。次につながるものも見つかったし。長らくのご精読、ありがとうございました。
おまけ
ウルカヌス(シかしまッタく・・・月夜があニめニ出なイとハドういウコとだ)
月夜「まったくなのですね」
みなみ「出てるのであります。桂木先輩と、キスまでしているのであります。」
月夜「あれはー」
みなみ「しかも2の最終話で出てきた九条先輩には『ふわふわ・ふかふか』感が少ないのであります。」
月夜「それは私のせいではないのですね!!!!」
月夜「呼ばれて来てみればなんなのですこのタイトル。」
管理人「いや~・・・みなみと月夜といえばアレかな!って」
月夜「本当に、くだらないことには頭が回るのですね。」
みなみ「あの、私この後用事があるんですけど・・・」
月夜「帰るのですね。こんな戯れ事に付き合う義理は無いのですね。・・・あなたも。」
管理人「あ、大丈夫だよ。頑張ってね~」
みなみ「・・・それでは失礼するのであります(結局なんだったんだろう・・・)」
というわけで、今回のテーマは月夜とみなみなのですね。心のスキマが(言及されてなくて)ちょっと見えづらいのであります。だからそれを考えるのですね。また閲覧されてる皆様にも考えてコメントしてほしいのであります。
<概観>
心のスキマが見えづらいってのは、おおざっぱに言ってしまうと月夜編もみなみ編も「前を向かせる」面が大きくて(それ自体はどのヒロインについても言えるんだけれど)、対照的に「過去の原因を振り切る・それとの折り合いをつける」っていう面が(小さいわけではなく)漠然としていて、なんというか、とりあえず、言語化はされてない。
それは月夜のスキマが愛から生まれていたから「恋に落とす=スキマ解決」になってキラカード入手の必要やら過程がなかったり、みなみ編がヒロイン視点の話だったりで、スキマに関する桂馬のコメント(説明)がない。実はこれ以外の話では、後にも先にも桂馬は超ご丁寧な解説をやってるんですよね(結は自白)。
若木先生本でしらはまさんも言ってましたがこの作品を読む楽しみのひとつは直接描かれていない部分を読み解くことだと思う。
脱線しそうなのでこのくらいで概観は止めておこう。
<対比してみる>
色んなことが見える強力な方法を使ってみる。たとえば家族。あるいは周囲。そして桂馬のエンディング。
今唐突に思ったけれどみなみを歩美やちひろとあわせて考えると興味深いかも。みなみ自身は結構リアルな普通な存在で結構共感できた人が多いんじゃないかな(これがアニメ化スルーされた意義についてもいつか語りたい)。走り出してはいるちひろ、みたいな。でも歩美ほど輝かしい状態にはない。
月夜は美生・スミレ・結・檜と絡めて考えるのも面白いかも。ってか面白いよ。主に若木先生が家族について思うところが見えかくれしてるかもしれないのが。さすがにこれだけあれば見えてくるんじゃないかなw
で、月夜とみなみを対比していこう。家族は正反対だ。みなみのは円満で弟もいる。月夜のは・・・断片的ながら惨惨たる状況なのだろう。すべての原因はそこにあるほどの。
ちょっと妄想~陽子さんはデザイナーつながりで檜と交流あったかな~
周囲も・・・だね。みなみは友達先輩に恵まれ月夜は孤独。それは月夜が可能性上の破滅までも忌避した結果だったんだろうけど。月夜の求めてる「美しさ」と美生の求めてる「気高さ」は似た面があっても実際は結構違うんだろうな。ウルカヌスの制裁を止めた月夜と自らムチを振るう美生の違いに一番よく現れてると思う。
うーん。(゜_゜)
月夜は美しい愛を求めてたなんてこんなありきたりのことが言いたかったはずじゃないんだけど。でもあれだけしょっちゅう屋上に入り浸ってる(歩美かのんちひろハクア編参照)桂馬がそれまで一度もエンカウントしなかったってのは偶然とは考えにくい・・・それまでは家庭は・・・どうなんだろう、平穏だったのか?もっともっと掘り下げたい・・・
みなみは自白してたね。「心にポッカリ・・・穴が開いたようなのであります。」だっけ?好きなことって案外簡単にはじめられて、でもあっけなく途切れたりする。それは、することがなくなって考えることがなくなってるんじゃなくて、好きなことができない状況に軽い絶望を覚えてるんじゃないかと。
別に、好きなことは自分の好きなようにやればいい。何かしら「ああすべきだ」なんてえも言われず。それでも、プールと自分の関係は決まった(終わった)も同然だった。そんなこと誰もわざわざそうは言わない、でも自分では気付いてしまった。けれどやっぱりプールに来てしまう。つながりを求めてる。プールそのものはあるがゆえに、つらい。求めることはできてもその先には決して期待するものがないのだから。
あっこと斉藤は・・・来てたっけ?来てないよね?あの二人は終わりを受けて先に、次に進んでしまった。
桂馬が二人に見せたエンディングは、同じようで違うようで。月夜には始まりを提供した。みなみには終わりを、でもそれは、新たな始まりに進めるためのものを提供した。あれだけ力強く終わりの正当性を主張できるって相当の信念が必要だと思う。(神のみが始まったのはアルバが終わったからという複雑な想いを抱いても、受け入れても、果してそれをここまで開き直って昇華させられるか・・・私には難しいよ)
結局みなみはまた水泳に戻るんですよね。作者がまたマンガに戻ったみたいに。(で桂馬に「がんばれー」と言わせてるんだな~)
若木先生本で考察のモチベ急上昇したはいいがいちいち作者の事情と絡めて考えるようになってる・・・でも「神のみはリアルなんだ」って考えると考えやすいのも事実・・・
やっぱり月夜のスキマが分からない。家庭崩壊への絶望?自分の声が家族に届かなかったから?希望を見出だしたい本心との軋轢?桂馬が、結編の頭で説明した「もっと大きな存在になるだけでいい」しかしてないからなぁ・・・。そういや結編も月夜編も頭では「今回は楽勝」みたいに言ってるね。
月夜はスキマも持つと同時にルナという拠り所も持ってたゆえに彼女の色んな想いが「ルナ!」「桂馬!」という一言に凝縮されてる気がする。これが何の象徴なのかを読み解く必要があるな。
今回はこの辺で「終わり」ましょう。次につながるものも見つかったし。長らくのご精読、ありがとうございました。
おまけ
ウルカヌス(シかしまッタく・・・月夜があニめニ出なイとハドういウコとだ)
月夜「まったくなのですね」
みなみ「出てるのであります。桂木先輩と、キスまでしているのであります。」
月夜「あれはー」
みなみ「しかも2の最終話で出てきた九条先輩には『ふわふわ・ふかふか』感が少ないのであります。」
月夜「それは私のせいではないのですね!!!!」



23:40:22
ちょっと天理の感じていることが分かった気がしたのでぽろぽろこぼしてみる。
よく、「天理は求めない」と言われる。申し訳ないことに、公式(原作)で言及されていたかどうかについては記憶が定かではないけれど(ディアナ言ったっけ)天理が桂馬とお近づきになるためのアクションをしているかといえば、確かにほぼ無い。
このことと、好きになった時期とが合わさって、天理の想いというのは単なる憧れであって恋愛感情ではないのでは?と僕自身そう思ってた。
けれど、気付いた。「好き」に特定の目的地が存在すると考えていたことそのものが誤りであった。
神のみ自体は一般にいうラブコメ漫画であろう。ではラブコメ漫画とはなんだったかと考えた時に、初めて僕は「ヒロインがラブコメ的に動く(はず)」という思い込みをしていたことに気づく。両想いになるとか、障害がなくなるとか、それに準ずるハッピーエンドを思い描く人物がいて、それを実現させるために動くだなんて、誰が決めていただろう。
ともかく、僕は気付いた。純粋なる「好き」はそれ以外の何物でもなく、何かしらもたらされた結果があったとしても、それは「好き」とは一線を画した意志の発現した結果なのでは、と。
つまり、天理の言う「こうして時々桂馬くんとお話できるなんて夢みたいだよ」や「今のままで十分幸せだよ」は、「今以上」を高望みと思っているわけでも、天理が控えめというわけでもなく、本当に思っていることなんだ、と。
「ゲームしてる桂馬くんが好き」だったか「桂馬くんにはゲームしててほしい」だったかあやふやだけど、あれこそが天理の求めているものなんじゃないか。
天理が好きになった桂馬は、その桂馬だった。それが現状、桂馬にものすごく都合よく噛み合ってるから「最高の理解者」なんて言われる。たぶんホントは、ヒロインそれぞれが好きになった桂馬がいて「その桂馬」を好きでいる。神のみの筋書から、アプローチをするのは構造的に桂馬の方だった。だから、好きになったからといって(記憶があっても)自分から桂馬へアプローチしていく娘が少なかったんじゃない・・・か・・・(あんまり少ない気がしないけど・・・いやホラ少なくとも歩美と栞と月夜は「待ち」だったし結なんかあれでいて「桂馬くんは何もしなくていいよ」って言ってるし)
つまり桂馬を「好き」になったヒロイン達が(ラブコメでは)ありきたりの(現実的には)ぶっ飛んだ展開を考えてない。たぶん、それとなく近くにいて、それなりにふれあえて、それでいいと思えたんじゃないかな。とられる心配もしなかったんだろう。
でもこれじゃマンガ的には面白さ皆無でしょ、キャラ変わっても考えてること同じでしかもストーリーを展開させてくれないって。これが女神編で解消されつつ、覆われちゃったのかな?考えが同じでも反応は違うわけだから。
で、まあ最終的には気持ちの悪い自分語りになるけれど・・・(神のみの考察だけでいいわって人はブラウザバック推奨)
「好き」ってとってもまっすぐで純粋で、だからものすごく残酷な感情だと思う。
神のみでは(桂馬と天理の関係では)それがあまりにも好都合に機能するせいで全然そんな感じしないよね。これが例えば、桂馬がちょっとゲーム好きなだけのヤツだったら天理は最早お邪魔虫ですよ。自分はちょっと会っておしゃべりできるだけでいい、でも他の女と仲良しになってほしくないって。
まーそれもちょっと面白そうと思っちゃったけど、だから現実に未練あるっぽい今井くんが主人公だったら天理は出てこられない。というかそれ以前にハクアと「ハッピーエンド」になってたかも。どっちにしろ女神編は無理。
天理は桂馬のことが「好き」だってのは、今は分かる。それがでも一方的(残酷)でないと思えたシーンが、女神編の「無理しなくていいよ」だった。桂馬に、ただその生き方を望むんじゃなくて、その生き方で辛いときを、見る。
だんだん神のみのヒロインはみんなこれができるんじゃないかって気がしてきたが気にしない。
重ねて言うが自分のモヤモヤが解決した気がしたのをむりくり作品解釈にあてはめてるだけだよ?それを承知で聞いてほしい僕個人の感想はね・・・
神のみっておそろしくリアル。
ご精読ありがとうございました。
よく、「天理は求めない」と言われる。申し訳ないことに、公式(原作)で言及されていたかどうかについては記憶が定かではないけれど(ディアナ言ったっけ)天理が桂馬とお近づきになるためのアクションをしているかといえば、確かにほぼ無い。
このことと、好きになった時期とが合わさって、天理の想いというのは単なる憧れであって恋愛感情ではないのでは?と僕自身そう思ってた。
けれど、気付いた。「好き」に特定の目的地が存在すると考えていたことそのものが誤りであった。
神のみ自体は一般にいうラブコメ漫画であろう。ではラブコメ漫画とはなんだったかと考えた時に、初めて僕は「ヒロインがラブコメ的に動く(はず)」という思い込みをしていたことに気づく。両想いになるとか、障害がなくなるとか、それに準ずるハッピーエンドを思い描く人物がいて、それを実現させるために動くだなんて、誰が決めていただろう。
ともかく、僕は気付いた。純粋なる「好き」はそれ以外の何物でもなく、何かしらもたらされた結果があったとしても、それは「好き」とは一線を画した意志の発現した結果なのでは、と。
つまり、天理の言う「こうして時々桂馬くんとお話できるなんて夢みたいだよ」や「今のままで十分幸せだよ」は、「今以上」を高望みと思っているわけでも、天理が控えめというわけでもなく、本当に思っていることなんだ、と。
「ゲームしてる桂馬くんが好き」だったか「桂馬くんにはゲームしててほしい」だったかあやふやだけど、あれこそが天理の求めているものなんじゃないか。
天理が好きになった桂馬は、その桂馬だった。それが現状、桂馬にものすごく都合よく噛み合ってるから「最高の理解者」なんて言われる。たぶんホントは、ヒロインそれぞれが好きになった桂馬がいて「その桂馬」を好きでいる。神のみの筋書から、アプローチをするのは構造的に桂馬の方だった。だから、好きになったからといって(記憶があっても)自分から桂馬へアプローチしていく娘が少なかったんじゃない・・・か・・・(あんまり少ない気がしないけど・・・いやホラ少なくとも歩美と栞と月夜は「待ち」だったし結なんかあれでいて「桂馬くんは何もしなくていいよ」って言ってるし)
つまり桂馬を「好き」になったヒロイン達が(ラブコメでは)ありきたりの(現実的には)ぶっ飛んだ展開を考えてない。たぶん、それとなく近くにいて、それなりにふれあえて、それでいいと思えたんじゃないかな。とられる心配もしなかったんだろう。
でもこれじゃマンガ的には面白さ皆無でしょ、キャラ変わっても考えてること同じでしかもストーリーを展開させてくれないって。これが女神編で解消されつつ、覆われちゃったのかな?考えが同じでも反応は違うわけだから。
で、まあ最終的には気持ちの悪い自分語りになるけれど・・・(神のみの考察だけでいいわって人はブラウザバック推奨)
「好き」ってとってもまっすぐで純粋で、だからものすごく残酷な感情だと思う。
神のみでは(桂馬と天理の関係では)それがあまりにも好都合に機能するせいで全然そんな感じしないよね。これが例えば、桂馬がちょっとゲーム好きなだけのヤツだったら天理は最早お邪魔虫ですよ。自分はちょっと会っておしゃべりできるだけでいい、でも他の女と仲良しになってほしくないって。
まーそれもちょっと面白そうと思っちゃったけど、だから現実に未練あるっぽい今井くんが主人公だったら天理は出てこられない。というかそれ以前にハクアと「ハッピーエンド」になってたかも。どっちにしろ女神編は無理。
天理は桂馬のことが「好き」だってのは、今は分かる。それがでも一方的(残酷)でないと思えたシーンが、女神編の「無理しなくていいよ」だった。桂馬に、ただその生き方を望むんじゃなくて、その生き方で辛いときを、見る。
だんだん神のみのヒロインはみんなこれができるんじゃないかって気がしてきたが気にしない。
重ねて言うが自分のモヤモヤが解決した気がしたのをむりくり作品解釈にあてはめてるだけだよ?それを承知で聞いてほしい僕個人の感想はね・・・
神のみっておそろしくリアル。
ご精読ありがとうございました。



21:07:27
この記事で紹介するものは小学館・若木民喜そのほかの制作者とは全く無関係の、一ファンによる推測であることをご了承の上でお読みください。
二番の歌詞についてのみ考察を行います。
あとづけ:ほとんどが18歳以上を対象としたゲームだったり
それを原作とする作品でしたので閲覧の際にはご注意ください。
(リンク先はすべて全年齢対象のページです)
Dead or alive:Dead or alive
→若木先生が大好きなゲームのひとつとして有名。
慟哭:慟哭、そして~
(セガサターン、データイーストより1998年2月26日発売)
ダーク・ローズ:DARKROSE-ダークローズ-
100ものキス:Kiss×100(シリーズ)
※補足
上の「慟哭、そして~」の続編であるため
歌詞ともシンクロしている(のかもしれない)
まぶしい愛の:
マブラヴ (Xbox 360、アージュより2011年10月27日発売)
一番の歌詞はこちらのブログ様にまとめられていますので、
当ブログでは先日フルVerを収録したCDの発売に伴い明かされた二番の歌詞についてのみ考察を行います。
あとづけ:ほとんどが18歳以上を対象としたゲームだったり
それを原作とする作品でしたので閲覧の際にはご注意ください。
(リンク先はすべて全年齢対象のページです)
Dead or alive:Dead or alive
→若木先生が大好きなゲームのひとつとして有名。
カオスの:CHAOS;HEAD
慟哭:慟哭、そして~
(セガサターン、データイーストより1998年2月26日発売)
ダーク・ローズ:DARKROSE-ダークローズ-
100ものキス:Kiss×100(シリーズ)
Revive:Revive ~蘇生~
(ドリームキャスト/PC、1999年10月28日発売)※補足
上の「慟哭、そして~」の続編であるため
歌詞ともシンクロしている(のかもしれない)
まぶしい愛の:
マブラヴ (Xbox 360、アージュより2011年10月27日発売)
ダ・カーポ:D.C.シリーズ

